無料PCR検査で商品券がもらえる件について、矛先を間違えないように

無料PCR検査を受ける事で商品券がもらえるようなケースがある事が話題となっているようです。

この件について、非常に残念な事ですが、明後日の方向へ批判を展開してしまうような人もいるようです。

これは先日記事にした内容とも関連する面がありますので、今後の事もふまえて掘り下げてみましょう。

無料PCRで商品券?

少し前にツイッターでも見かけた話題ですが、無料PCRを受けると商品券がもらえる検査場があるのだそうです。

金額としては500円のところもあれば1000円のところもあるようですが、もっと高いところもあるのでしょうか?

■“事務経費”検査1件あたり3000円支給

しかし、なぜ無料の検査を受けたうえに、商品券がもらえるのでしょうか?

まず、無料PCR検査の仕組みです。検査を行う事業者には、都からキット代など、検査に必要な実費が支払われます。

さらに、事務経費として検査1件あたり、3000円が一律に支給されます。この事務経費は、何に使ったかを示す領収書が必要ありません。

1検査あたり3000円というのは中々の金額です。

自分はPCRを受けた事がないので、どういったものかは分からないのですが、この記事によると5分程度で終わるんだとの事ですから、仮に1人ずつしか検査できないとしても1時間で12人、つまり36000円の事務経費を受け取れる事になります。

実際には同時に複数人を検査する環境の方が多いのではないかと思いますので、もっともっと儲かるんでしょうね。

 一方、東京都の担当者は、次のように回答しています。

都の担当者:「商品券などが配られている話は把握しているが、各事業者が地域振興という観点で配っていると聞いている。仮に、事務経費が商品券に使われていることが発覚した場合は、厳しい対応を取る」

無料のPCR検査に使われるお金は、もちろんすべて税金。感染者が急増し、検査を受けられない人も出てきているなか、今後の対応が問われそうです。

ちょっと何を言っているのかわからないような事を東京都の担当者が言っています。

「商品券などが配られている話は把握しているが、各事業者が地域振興という観点で配っていると聞いている。仮に、事務経費が商品券に使われていることが発覚した場合は、厳しい対応を取る」

普通に考えれば、検査場にとっての収益ポイントは事務経費しかないでしょうから、商品券の原資は当然そこしかないと思うんですが?

そもそも、なにか地域の商店街限定で使える商品券といったものなら曲がりなりにも地域振興と言えない事もないでしょうが、記事にあるようなQUOカードやアマギフで地域振興とは?というのも不可思議です。

余りにも穴のある返答に驚くんですが、これは間違いなく東京都側に批判が殺到するなと個人的には思ったのですが、意外とそうでもない可能性もツイッターなんかでの反応からは見て取れます。

なぜか受け取った側に矛先を向ける人達

この手の、何かあると直ぐに全体の問題として捉えて「日本人が~」とか「国民性が~」といった話として半ば自虐的な話(当人が本当に日本人であるなら)に展開しようとする人がいる事も残念な点です。

それに加えてこの件については、なぜか行政や無料PCR検査場の行動に対する非難や苦情などではなく、そのサービスを受け取った側を誹謗中傷するような内容となっています。

先ほどの記事や、無料PCRで商品券がもらえるといったような話題を聞いた時、自分として真っ先に思ったのは「中々面白い状況だな」という事。

これを活用して色々遊ぶ人も中にはいるでしょうし、それはそれでこの混沌とした現状でのサバイバル術として面白みのある話だと思いました。

少し前に、学生たちの中で少し早めに夏休みを取る方法として「濃厚接触者になりました」と言うというものがあって、興が乗る話だと愉快になったのを思い出します。

こういった話には、思わず笑みがこぼれます。

これだけ歪んだ社会を生きていくためには、これまで以上に機転の利いた判断が必要になってくるでしょう。

この2年半ぐらい、非常に分かりやすい形で狂った有り様を露呈している現代社会。

そんな中で、その枠組みを活用(悪用?)しつつ、愉快に生きていく事も、一つの処世術と言って差し支えないでしょう。

他人の行動を尊重する意志がない社会は恐ろしい

先ほど紹介した、無料PCR検査の恩恵をうける人を中傷するようなツイッター投稿を見て感じるのは、他の個人に対する配慮のなさ、もっと言えば「思考における余裕の無さ」です。

諸々の特典?を目当てに無料PCRを繰り返し受ける事は、お行儀のよい行動ではないとは思いますが、こんなしょうもない仕組みを逆手にとって楽しむ人がいても全然良いと思いますし、個人的にはそういった遊び心は結構好きです。

この状況自体は税金の使い道だとか、無駄にPCR陽性者を増やすだとか、そういった視点では止めるべきだと思いますので、行政や無料PCR検査場への抗議や批判というものは存分に行えば良いでしょう。

しかし、別段それほど悪質でもない事をしているだけの個人を妙に攻撃しようとするその姿勢には、自分は大きな違和感と恐怖心を持たずには居られません。

以前、自分がマスク警察に絡まれた時の事を思い出しますが、何を思ってそこまで他人の行動に干渉できると思っているのかと、そう憤慨しましたし、また恐怖も感じました。

こういった思想は、今後もし緊急事態条項が制定されたとしたら、その時より現実的な危機として感じられるようになるのでしょう。

ヒヨリミ

少し前からツイッターを使っておりまして、個人的にはインターネット大喜利的な活用の仕方で楽しんでおります。 バッタ「なぜコ…

仮に政府が命令を出したとしても、現場の人間がそれを実行しなければ、ワクチン強制接種などという悪夢は現出しないのです。

仮に実行する立場の人間が様々な理由で強制接種に対して積極的だったとしても、大多数の国民が「それはおかしい」と認識していれば、そのような非道な行動が社会的に許容される事にはなりません。

つまり、緊急事態条項というものがあろうがなかろうが、一番大切なのは国民全体の正気度なのです。

繰り返しになりますが、自民党による緊急事態条項は現在の政府の行動を見ている限り非常に危険だと言わざるを得ませんので、これについては明確に反対します。

しかしそれよりも重要なのは、国民の意識、認識、まともさです。

この記事では正気度、まともさといった表現をしましたが、それは言い換えれば心の余裕、心のゆとりでもあります。

何かあると直ぐに他の個人を攻撃しようとするような心理状態は、振り切った行動を起こすための火種を常に抱えているようなもの。

コロナ禍によって、そういった火種が胸で燻っている方は、一度冷静になって、水をかけるか、あるいは火事を起こさないような適切な管理を心掛けて頂きたいと願います。

戦うのは大いに結構ですが、矛先を間違えないようにご注意ください。